俳優・飯田洋輔が“水先案内人”となり、ミュージカルの新たな魅力を発見してもらうことを目的とした新企画「MUSICAL COMPASS」が、7月いよいよ始動した。企画の中核となる新Podcast番組「飯田洋輔のMUSICAL COMPASS」では、ミュージカルをまだ観たことがないという人に向けた解説や、ミュージカル俳優として日頃考えていること、ミュージカルの本場・ブロードウェイ(米・ニューヨーク)やウエストエンド(英・ロンドン)のミュージカル事情、海外ミュージカルの魅力などを発信していく予定だ。キックオフにあたり、飯田に本企画にかける熱い思いを語ってもらった。
ブロードウェイやウエストエンドには「とんでもねえ人たち」がわんさかいる。
── この企画を考えた理由を教えてください。
飯田洋輔(以下、飯田)
ミュージカルには熱心な固定ファンがいる一方、敷居の高さを感じて「行ってみたいけれど……」と躊躇する方がいると、よく聞きます。そういう方にアプローチしたい、というのが最大の理由です。気軽に、映画を観に行くような感覚で劇場に来る文化が日本でも根付いたらいいなと思っていて……。海外ではそうなんですよ。気軽に家族で劇場にやって来る。子どもの頃からその文化の中で育っているから、大人になると今度は自分の家族を連れて来る。新たなお客様が来やすくなる、興味を持ってもらえるような企画を、と考えました。

── ご自身は、中学時代に劇団四季の『キャッツ』を観に行ったのが、ミュージカルにはまるきっかけだったそうですね。
飯田
中学2年生の時の音楽の授業で『キャッツ』ロンドン版の映像を見ました。家でそれを親に話したら「(同じ『キャッツ』を)劇団四季が名古屋で上演しているよ」と言われ、福井から名古屋まで一人旅して実際に舞台を観たことで「自分も『これ』をやりたい」と思いました。僕は、中学2年生の時に出会ったものを仕事にして、今も仕事としてやらせていただいているわけです。それを思うと、若い人たちに、ぜひ僕の Podcast を聞いてほしいですね。また、ミュージカルを観る環境が整っていない地方にお住まいの方々にも聞いてもらいたいです。そこから興味を持って実際に作品を観てくださる方が出てきて、さらに中学2年の僕みたいに、将来ミュージカル俳優を志す人が出てきたら本当にうれしいし、願わくば皆さんにミュージカルの沼にハマっていただきたい(笑)。
── ミュージカルの本場はブロードウェイやウエストエンドで、日本でも海外発の作品が多く上演されています。原作の英語と、日本語に翻訳したものとの違いは感じられますか。
飯田
日本語は、訳詞を歌う際には制約の多い言語です。メロディの1音に対して、日本語は五十音の中の1音しか入らないから、海外作品を日本語に翻訳すると、情報量が3分の1ほどに圧縮されてしまう。たとえば、ミュージカル『レ・ミゼラブル』の「彼を帰して」の最後の歌詞で、英語だと「bring him home」という三つの単語を、3音で歌うことができます。直訳すると「彼を家に帰してください」ですが、この日本語は3音に入りきらないですよね。そこで「うーちーへー」と、三つの音に当てて歌うことになる。となると、そこを歌う前に「彼を帰して」という部分を説明しておかないといけない。

── 発声も英語と日本語では違いますね。
飯田
日本語は少し「奥まる」(発声の)言語なので。英語は少し前の方でさばく発声だと思うので、それも日本語での歌唱を難しくしている一因なのではないかと思います。日本語は、本来、歌舞伎や能などの台詞の時間感覚で喋る言語なんだろうと思います。狂言の中で「そろりそろり」という台詞がありますよね。ああいった独特な発声・発音こそ日本語らしいものなので、英語とはそもそもの発声が全く異なるんですよね。
── 現在の日本のミュージカルは海外と比べてどうなのでしょうか。
飯田
日本に本格的に大型ミュージカルが入ってきたのは 40 年くらい前でしょうか。作り手みんなが手探りで、黎明期ならではの「なんとかこの公演を成功させるぞ」という熱い思いがあったけれど、メソッド的なものはあまりありませんでした。当時と比べ、今はメソッドが発達したし、歌やダンスのスキルも格段に上がったと思います。一方、ブロードウェイとかウエストエンドには「とんでもねえ人たち」が、わんさかいる。そのわんさかのうち、あの舞台に立てる人というのは、本当にトップオブトップ。自分も戒めとして、常に高みを目指して、そこと比べて遜色ないようになりたいと頑張っています。

── 2025 年にラミン・カリムルー、サマンサ・バークスのお二人と東京国際フォーラムで共演されたのも記憶に新しいです。
飯田
いやあ、すごかったですよ。僕はリハーサルの時からずっと、(ラミンの技を)盗めないかな、とずっと観察していた(笑)。彼らの持っている技能や才能はすごく魅力的で。僕はラミンさんのことは、『エビータ』のチェ役や『オペラ座の怪人』のファントム役を稽古し始めた時から、彼の芝居を見て勉強してきたので光栄だったし、「あ、ここはこう歌うんだ」という気づきも多かった。また機会があったらぜひ共演したいし、その時までに自分もレベルアップしていたいです。

興味はあるけど…という人の背中をちょっと押したい。
── 冒頭で日本ではミュージカルの「敷居の高さ」を感じる方もいらっしゃるとおっしゃっていましたが、その敷居の高さは、どの辺にあるとお考えになりますか。
飯田
たとえば、映画と比べると入場料が高いし、劇場が「特別な場所」という感覚が、来たことのない方にあるのでは? 劇場は、本来、活力や喜びを感じられる場所のはずなのに、堅苦しいイメージがついてしまっている。学校の演劇鑑賞で先生から「静かに観なさい」と指導されるのも一因かもしれません。海外では静かに観ている人なんて1人もいないのに! 劇場は、思い切り笑ったり泣いたりしていい場所だと僕は思う。かしこまらなくていいんだよ、ということを、まずお伝えしたい。

── チケットの値段も、気軽に行くには少し高めかもしれません。
飯田
映画と比べると、確かに値段は 10 倍ぐらいします。でも、生の舞台に触れる、出演者とお客様とで同じ時間を共有する体験には、何ものにも代えがたい価値があると思います。観に来ていただいて、役者が、音が「生きている」ことを体感してもらいたい。どれほど僕らが稽古場で稽古しても、作品の最後の 1 ピースは来てくださるお客様なんです。客席が無人の稽古と本番では空気感が全く違う。皆さんに、最後にはまる 1 ピースになっていただきたいと思います。
── 初心者がいい席をとるのは難しそう、とも思ってしまいます。
飯田
いわゆる「良席」でなくても、むしろ後方の席の方が全体がよく見えていいと思う演目もあります。今の日本の小屋(劇場)事情は恵まれているし、音響技術も発達しているので、どの席で観てもほとんど「悪い」ことはないと思います。どんな席でもまずは1回観て体験をしてほしいですね。

── まずは気軽に、ですね?
飯田
「興味はあるけれど……」と思っている方の背中をちょっと押したいんですよ。観ていただいた結果、「面白かった」とか、あるいは「面白くないよ」というものであっても色々な感想が出てくると僕は嬉しいです。
── 特定の俳優のファンでないと行きづらいと思う方も多いかもしれません。
飯田
確かに日本では誰か特定の俳優を観に行くのが中心になっているように感じます。でも、海外ではミュージカルスターを目的に行くお客様もいる一方、その作品自体を愛しているから行くというお客様も多いように感じます。日本でも、新作映画を試しに観に行くような感じで劇場に来てくださるようになるのが理想的かなと思います。

── 初めてミュージカルを観る方にアドバイスはありますか?
飯田
知っている曲やストーリーの作品を観るのが、ミュージカルに親しむ一番の近道でしょう。でもね、映画を観る時は、知っている話ではなく、観たことのない新作を観ますよね。ミュージカルも「観たことがないから観よう」という気軽さでいいんです。好きなアイドルのコンサートに行く時と同じように、サウンドトラックで予習しておくとさらにテンションが上がるはず。
芸術的なものに触れる時間は、人生を豊かにしてくれる
── MUSICAL COMPASS では、具体的にどんなことを発信していきますか?
飯田
たとえば、世界的に有名な作品を取り上げて、その中の1曲についてお話しすることなどを考えています。また、ミュージカルにはオペラから引っ張ってきた作品も多い。たとえば『RENT』はプッチーニの名作オペラ『ラ・ボエーム』が下敷きだし、『ミス・サイゴン』もやはりプッチーニの『蝶々夫人』から着想を得ている。原点を知ると見える幅が広がるし、ちょっと面白くなるでしょう?

── 初心者向けからミュージカルファン向けまで幅広く、ですね。
ミュージカルを観に来てくれる方を1人でも増やしたいんですよ。芸術的なものに触れる時間というのは、人生を豊かにしてくれるはずです。ミュージカルを愛してもらって、色々な舞台やコンサートに足を運んでくださるようになったら素晴らしいし、この Podcast を続けていって、その先に、企画で取り上げた曲をコンサートで披露するような機会があれば最高に幸せですね。
── ありがとうございました。